1年前の今日
私は生まれて初めてアフリカの大地に足をつけました。
「セネガル」
2年前までは正直セネガルなんて国知らなかった。
そして、2年前の今頃、
まさか2年後に自分がセネガルにいるなんて想像もしてなかった。
ちょうど2年前の今頃、
私は教員採用試験に落ちた。
でも、なぜか全然ショックじゃなくて、
でも講師もする気もなくて、
むしろ、これからどんな人生を歩もうかとわくわくしてた。
海外にはすごく興味があったから、
旅にでも出ようかとも思った。
でも、そんなお金はどこにもないし、
ただ遊んですごすのもどうかなー?と思った。
そうして毎日、今後の自分の人生について考えながら、
大学に向かう電車にいつも通り乗った。
そのとき、
たまたま自分の座った席の真ん前に
「青年海外協力隊」
のポスターが目に入った。
大学に通った4年間で、
何回も見たことのあるこのポスター。
でも、なぜかそのときは違うふうに見えた。
そして、その瞬間、自分は青年海外協力隊になるんだ!と決めた。
それからすぐに説明会に行って、応募書類を提出した。
なぜか、落ちる気がしなかった。
絶対に受かるという自信が、なぜかわからないけどあった。
だから、何も恐れずに、面接もすごく気楽に、自分らしく、思った通りに答えた。
教員採用試験のときは、
あらかじめ質問を予想して、答えを考えて、
こう答えれば受かるとか、そんなことばかり考えて、
面接のとき、暗記した内容を答えてる自分が嫌で仕方がなかった。
だから、協力隊の面接では、全部素直に答えた。
自分をアピールするんじゃなくて、
自分という人間を自分の口からそのまま話した。
無理に格好つけずに、
知らないことやできないことはそのまま答えた。
これで受からなくても悔いはない。
それが私だから。
そう思って面接を受けた。
結果、私は今、セネガルにいる。
なんで合格したかは自分でもわからない。
でも、ありのままの自分が認めてもらえたような気がしてうれしかった。
きっと、作った自分で教員採用試験に受かっても、
私の性格上、うれしくなかったんやろうな。
だから、神様は不合格にしたのかもしれない。
それで、協力隊という新しい道に出会わせてくれたのかもしれない。
ボンジュールしかわからなかったフランス語を勉強し、
住み慣れた国、日本を離れ、
大好きな家族や友達に別れを言って、
セネガルに来て今日で1年。
文化の違い、言葉の違い、価値観の違い、肌の色の違い・・・
違うところだらけのセネガル。
でも
そんなセネガルがなんだか居心地がよくなってる今の自分。
今日までの1年は全部が初めてだった。
今日からの1年は全部が最後になる。
道を歩いて子供にキャーキャー言われたり、
すぐに金くれと言われたり、
外人だからってだけで初対面の人に本気でくどかれたり、
新居のシャワーの蛇口が取れたり、
新居のトイレの水漏れのせいで高額請求されるぞと言われたり、
隣の家の人がなぜかうちの家から電気をひいていたり、
停電、断水にも全く動じなくなったり、
昼の1時から3時はすべての店が閉まったり、
市場で売ってる野菜がへんてこな形だったり、
基本的にみんな来てる服は破れてたり、
雨が降ったら頭にスーパーの袋をかぶったり、
イスラムのコーランの声で「あー今何時のお祈りかー」と、時間を把握したり、
16時に待ち合わせと言われたら17時のことだと判断できたり、
すぐ行く!は、だいたい30分~1時間後だっていうのにも怒らなくなったり、
そういうセネガルでは当たり前の日常が
1年後にはなくなる。
そう思うと、
日本ではありえないようなめんどうなことも、
なんだかちょっとおもしろくて、
楽しんでる自分がいるw
何十年か経ったとき、
セネガルも日本みたいに発展してるのかなぁ?
発展することはうれしいけど、
なんだかちょっとさみしかったりもする。
この、いろいろめんどくさ~い今のセネガルも、
意外と好きだったりする。
何でかって・・・
セネガルの人はみんな良い顔をしてるから。
みんな、セネガルが大好きなのが顔から伝わってくるから。
生活が不便でも、
お金があまりなくても、
余暇も全然なくても、
なんだかみんな幸せそうだ。
見てるこっちが悔しくなるくらい。
みんな幸せそうだ。
日本人はどうだろう?
便利で、
ある程度お金はあって、
遊ぶところもいっぱいあって、
それなりに良い環境で生きてるはずなのに、
自ら命を絶ってしまったり、
仕事に追われているうちに毎日が過ぎてしまったり、
「私は幸せだ!」と言える人は少ないような気がする。
もし、生きてることに疲れちゃった人がいたら、
アフリカに来てみたらいいのになーとか思ったりする。
彼らは、私たちが持っていないものを、
失ってしまった何かを、
忘れている何かを、
いっぱい持ってる気がする。
残りの1年。
私はきっと彼らからいろんなものをもらうだろう。
良いことも、嫌なことも。
セネガルに来て1年。
やっぱり、人生はみんな平等にできてると思う。
どんなにうらやましいと思う人にも、
何かしら嫌なことはあるだろうし、
あー人生最悪!って人にも、
素敵なことが全くないはずはない。
きっと、自分が気づいてないだけなんやなー。
とくに、嫌なことが続くと、
あーまじで人生最悪ーなんで私がこんな目にー?!?!って、
今まであった素敵なこと全部忘れて、
平凡に生きてる他の人が良く見えて、
なんて自分はついてないんだろうって自分を責めたりなんかして、
それで自分を追い込んで、さらに自分の人生をダメにしちゃったり。。。
セネガルでは、なんかそういうのないなー。
むしろみんな無意味に自信満々だし。
ほんま、笑えるw
そういう環境にいれる私は、
やっぱり幸せ者なのかもしれない。
あと1年。
めんどうなことも嫌なことも泣きたくなるようなことも何でも来い!
落ち込むときは落ち込んで、泣きたいときは泣こう!
んで、その分いっぱい笑おう!!
そしたらきっと、
帰るときにはみんな素敵な思い出になってるはず。
1年間、ありがとうセネガル。
あと1年、よろしくセネガル。
このブログを読んで、日本で応援してくださってる皆様。
1年間ありがとうございました。
あと1年、よろしくお願いします。
みなさんの応援のおかげで、私は今、ここにいます。
ひとりでは何もできない。
そして、私はひとりじゃないということを、
セネガルに来て改めて感じています。
あと1年、頑張れ自分!
私は生まれて初めてアフリカの大地に足をつけました。
「セネガル」
2年前までは正直セネガルなんて国知らなかった。
そして、2年前の今頃、
まさか2年後に自分がセネガルにいるなんて想像もしてなかった。
ちょうど2年前の今頃、
私は教員採用試験に落ちた。
でも、なぜか全然ショックじゃなくて、
でも講師もする気もなくて、
むしろ、これからどんな人生を歩もうかとわくわくしてた。
海外にはすごく興味があったから、
旅にでも出ようかとも思った。
でも、そんなお金はどこにもないし、
ただ遊んですごすのもどうかなー?と思った。
そうして毎日、今後の自分の人生について考えながら、
大学に向かう電車にいつも通り乗った。
そのとき、
たまたま自分の座った席の真ん前に
「青年海外協力隊」
のポスターが目に入った。
大学に通った4年間で、
何回も見たことのあるこのポスター。
でも、なぜかそのときは違うふうに見えた。
そして、その瞬間、自分は青年海外協力隊になるんだ!と決めた。
それからすぐに説明会に行って、応募書類を提出した。
なぜか、落ちる気がしなかった。
絶対に受かるという自信が、なぜかわからないけどあった。
だから、何も恐れずに、面接もすごく気楽に、自分らしく、思った通りに答えた。
教員採用試験のときは、
あらかじめ質問を予想して、答えを考えて、
こう答えれば受かるとか、そんなことばかり考えて、
面接のとき、暗記した内容を答えてる自分が嫌で仕方がなかった。
だから、協力隊の面接では、全部素直に答えた。
自分をアピールするんじゃなくて、
自分という人間を自分の口からそのまま話した。
無理に格好つけずに、
知らないことやできないことはそのまま答えた。
これで受からなくても悔いはない。
それが私だから。
そう思って面接を受けた。
結果、私は今、セネガルにいる。
なんで合格したかは自分でもわからない。
でも、ありのままの自分が認めてもらえたような気がしてうれしかった。
きっと、作った自分で教員採用試験に受かっても、
私の性格上、うれしくなかったんやろうな。
だから、神様は不合格にしたのかもしれない。
それで、協力隊という新しい道に出会わせてくれたのかもしれない。
ボンジュールしかわからなかったフランス語を勉強し、
住み慣れた国、日本を離れ、
大好きな家族や友達に別れを言って、
セネガルに来て今日で1年。
文化の違い、言葉の違い、価値観の違い、肌の色の違い・・・
違うところだらけのセネガル。
でも
そんなセネガルがなんだか居心地がよくなってる今の自分。
今日までの1年は全部が初めてだった。
今日からの1年は全部が最後になる。
道を歩いて子供にキャーキャー言われたり、
すぐに金くれと言われたり、
外人だからってだけで初対面の人に本気でくどかれたり、
新居のシャワーの蛇口が取れたり、
新居のトイレの水漏れのせいで高額請求されるぞと言われたり、
隣の家の人がなぜかうちの家から電気をひいていたり、
停電、断水にも全く動じなくなったり、
昼の1時から3時はすべての店が閉まったり、
市場で売ってる野菜がへんてこな形だったり、
基本的にみんな来てる服は破れてたり、
雨が降ったら頭にスーパーの袋をかぶったり、
イスラムのコーランの声で「あー今何時のお祈りかー」と、時間を把握したり、
16時に待ち合わせと言われたら17時のことだと判断できたり、
すぐ行く!は、だいたい30分~1時間後だっていうのにも怒らなくなったり、
そういうセネガルでは当たり前の日常が
1年後にはなくなる。
そう思うと、
日本ではありえないようなめんどうなことも、
なんだかちょっとおもしろくて、
楽しんでる自分がいるw
何十年か経ったとき、
セネガルも日本みたいに発展してるのかなぁ?
発展することはうれしいけど、
なんだかちょっとさみしかったりもする。
この、いろいろめんどくさ~い今のセネガルも、
意外と好きだったりする。
何でかって・・・
セネガルの人はみんな良い顔をしてるから。
みんな、セネガルが大好きなのが顔から伝わってくるから。
生活が不便でも、
お金があまりなくても、
余暇も全然なくても、
なんだかみんな幸せそうだ。
見てるこっちが悔しくなるくらい。
みんな幸せそうだ。
日本人はどうだろう?
便利で、
ある程度お金はあって、
遊ぶところもいっぱいあって、
それなりに良い環境で生きてるはずなのに、
自ら命を絶ってしまったり、
仕事に追われているうちに毎日が過ぎてしまったり、
「私は幸せだ!」と言える人は少ないような気がする。
もし、生きてることに疲れちゃった人がいたら、
アフリカに来てみたらいいのになーとか思ったりする。
彼らは、私たちが持っていないものを、
失ってしまった何かを、
忘れている何かを、
いっぱい持ってる気がする。
残りの1年。
私はきっと彼らからいろんなものをもらうだろう。
良いことも、嫌なことも。
セネガルに来て1年。
やっぱり、人生はみんな平等にできてると思う。
どんなにうらやましいと思う人にも、
何かしら嫌なことはあるだろうし、
あー人生最悪!って人にも、
素敵なことが全くないはずはない。
きっと、自分が気づいてないだけなんやなー。
とくに、嫌なことが続くと、
あーまじで人生最悪ーなんで私がこんな目にー?!?!って、
今まであった素敵なこと全部忘れて、
平凡に生きてる他の人が良く見えて、
なんて自分はついてないんだろうって自分を責めたりなんかして、
それで自分を追い込んで、さらに自分の人生をダメにしちゃったり。。。
セネガルでは、なんかそういうのないなー。
むしろみんな無意味に自信満々だし。
ほんま、笑えるw
そういう環境にいれる私は、
やっぱり幸せ者なのかもしれない。
あと1年。
めんどうなことも嫌なことも泣きたくなるようなことも何でも来い!
落ち込むときは落ち込んで、泣きたいときは泣こう!
んで、その分いっぱい笑おう!!
そしたらきっと、
帰るときにはみんな素敵な思い出になってるはず。
1年間、ありがとうセネガル。
あと1年、よろしくセネガル。
このブログを読んで、日本で応援してくださってる皆様。
1年間ありがとうございました。
あと1年、よろしくお願いします。
みなさんの応援のおかげで、私は今、ここにいます。
ひとりでは何もできない。
そして、私はひとりじゃないということを、
セネガルに来て改めて感じています。
あと1年、頑張れ自分!
ことさんがんばれ!
返信削除俺もがんばる!
うん。頑張る!
削除頑張れ!!
コロンビアのおばさんも今日から折り返しだな!!としみじみ感じています。
返信削除後1年悔いのないようにそしてボランティア生活楽しみましょう。
いつも楽しく見ています。
はい!
削除何事も楽しまないと損ですもんね!!
いつもブログ読んでいただきありがとうございます!
お互い、素敵な1年を過ごしましょう!
このブログ読んで感心しちゃったよー(*^_^*)
返信削除なんか琴美すごいなぁ!!こんな友達がいることを誇りに思います。
私は今の人生に満足できてないし(ってか不満の方が多い!?)、いやなことの方が多いけど、楽しまなきゃ損だね!後2カ月の私の教師人生、なんとか乗り越えてみます!
琴美も頑張って!!
元気もらいました、ありがとう!!
久美子
いやーすごくないよー!
削除すごいなぁって思ってもらえるような人でいられるのは、
ほんま、まわりの人らのおかげなんよ。
自分自身はたいしてすごい人じゃないんよー!
久美子の人生、琴美はうらやましいで!
だって結婚式のときの久美子の顔は本間に幸せそうやったから♥
てか久美子!教師やめるん?ベビー生まれるし専業主婦?
元気ならいつでもあげるから、足りなくなったらいつでも言って(*^^)v
元気パワー貯めるの得意やから♪笑
こちらこそコメントありがとう!